豊洲問題で元都知事に話を聞くよりも「この人」に聞けと思うのですよ

東京都庁

なぜ石原元都知事に話を聞くのだろう?豊洲新市場について知りたいなら、起案者に聞くのが一番でしょう。つまり、直接の担当者。担当部署の部長や課長レベルではなく、一番末端の担当者に話を聞かないと意味がない。

元幹部に話を聞いても無駄では?

この問題、大きな契約ですから元都知事とかかなりの上層部の人の決定や判断があるに違いないから、ヒアリングを行うなどの話になっていますね。石原元都知事は記者会見までするといいます。反撃の狼煙ということでしょう。

これまで、いろんな元幹部の人が出てきて話をしています。正直に話しているものもあるでしょうし、保身のために話を濁している人もいるでしょう。また、時間も経過しているため、記憶が曖昧なこともあるかもしれません。

この幹部の話をいくら積み上げても話はなかなか進まないのではないかと思いますがいかがでしょうか?

起案者に注目すべき

ここで話を聞くべき人は、当時の幹部連中ではなく、起案者であるということを強く主張したいですね。

起案者とは、事業などを行うときに、各部署で書類を作成する末端の職員です。要するに担当者ということになりますね。公務員のおこなる業務での書類というものは、担当から係、係長、課長補佐、課長までの決裁で一般的な業務は行われることになります。

これに他の部局が絡むものや予算の大きなものは、他の部局の部長、収入役、助役、市長まで決裁を回すことになります。豊洲問題の場合は都知事までということになりますね。

もちろん、上層部の方で、相談や調整があらかじめされたりするのは確かです。ですが、この起案を作るのは一番下の係員であることが多いでしょう。あるいは、係長レベルの人が起案者ということになるはずです。

この豊洲新市場の計画のすべての決裁文書の起案者は誰なのか。そこを確認するのが実態に近づくのに一番最適だと思われるのです。

いくら上層部で相談がされていたとしても、そのあたりの雰囲気を織り込んだ形で起案文書は作成されるはずです。だから、上の方でどんなことが決まって降りてきたのか、その人が一番よくわかっているはずなのです。

もちろん、職位の低い人が起案してる場合もあって、形だけ起案者となっている場合もあるでしょう。それでも、上の都合というものを感じ取っているに違いありません。

そもそも、公務員の決裁文書の責任のありかというものは、そこにハンコを押した人(決裁を回した人)であり、最終的には起案者ということになります。だからこそ、問題がなんであったのか、どういう経緯であったのか、その隠蔽的な体質も含めて感じ取っているはずなのです。

学校の問題などでも同じ雰囲気

話は変わりますが、学校などのいじめ問題で事故や事件があったとき、その学校の校長や教育委員会などが記者会見に出てきますよね。そこで校長が「あの生徒はこんな性格の子でした」という話をしますが、そこまで知っているわけはないだろうと思いながら見てる人も多いはずです。

担任の教師や当事者、その友達などの話が一番実情に近いわけですから、本来はそういう近い人の話が一番なわけです。

コンプライアンス上、責任ある立場の人が出るのはわかりますが、このワンクッションがあるために実態が覆い隠されてしまうということが大いにあるはずです。豊洲問題も同じような面があるのではないかと思います。

末端の担当者レベルの議論をすべき

もちろん、これは内容によってはある意味で暴露話にも繋がってしまうことにもなりかねないので、起案者を公益通報のような身分保護などの対応も必要になるかとは思います。そのあたりをクリアできるならば、担当者(起案者)にじっくり話を聞くのが一番ですよ。

内部調査というものが公務員組織でもあるとは思いますが、徹底したヒアリングが行われているかというと疑問に思えるところもあります。馴れ合いで進んでしまうことがありますからね。外部の人が厳しく追及すると言っても、その組織の細かいところまで掴んで突っ込んで調べることはなかなか難しいでしょう。担当の人をどう巻き込むかがこういった問題の鍵になるはずです。

ただし、その起案者が幹部連中であったなら、この話は元の木阿弥ということになって、マスコミで言われているレベルの話に戻ってしまいますけどね。また、担当者が、その後の役所内での置かれる立場を考えてはっきり答えない可能性もあるので、決め手にならない面もあります。

豊洲問題、最後は政治決断しかないでしょうね。